獣医の優しさと猫の気遣い

 猫の気遣いは時に飼い主をノックダウンさせる。

 春の冷たい雨、急激な温度変化に愛猫は社長椅子で丸くなる。全国的に雨の予報がでるのは珍しいが、春の長閑な温かさがその日だけは消えていた。


 私たち夫婦は猫の爪を切ることが出来ないため、定期健診と爪切りを兼ねて1カ月半に1回ほど、動物病院に通っている。これは動物の異変に素早く対応するためでもあるが、初めての猫で彼女たちの生態を知らない私たちにとっては、獣医さんとの相談の場があることは安心感にもつながっていた。

「この子良く手を舐めてくるんですが、どうしたら良いですか?」

 抱え込んでとても激しく舐めてくるのだと告げると、優しい獣医さんは「そのまま舐めさせてあげてください」という。ストレス解消になるし、猫の愛情表現だという。

 愛情表現ならば無下には出来ない。しかもストレス解消なら尚のことだ。その日から私は猫に好きに舐めさせるようにした。


 そして冒頭に戻るのだが。

 猫と一緒にカーペットに寝っ転がり、外の荒れ模様を見ていた時の事。ペロリと毛繕いしていた愛猫が手を舐め始めた。

 雨の日は近所の猫友が見回りに来ないからストレスが溜まっているのだろうかと喉辺りを触るとゴロゴロと喉を鳴らしている。と同時に異様な臭いがした。

なんだこの異臭は?

 耐え難い臭いは一体何処から臭ってくるのかと辺りを見回した。

ペロペロペロ・・・ペロペロ・・・

 徐々にきつくなる臭い。

 こんな酷い悪臭の中でもスキンシップをしてくる愛猫。必死に舐めている姿が可愛い。体制を変えるため、身を起こした瞬間に臭いの元が判明した。

「う・・・腕が〇んこ臭になってる!!」

 舐められた部分から異常に臭い臭いが立ち上がっていた。しかし、ここで辞めさせてしまうと、ナイーブなウチの猫様は舐める事自体を辞めてしまうかもしれない。待つこと5分。

 やっと自由になった手とは違う反対の手で、頭を撫でてやる。

「今日はおっきい〇んちしたもんね。偉い偉い。」

「ゴロニャン」

 褒められたのが分かったのか、甘い鳴き声で返事をすると・・・・

「うがっ!」

 すくっと立ち上がって、寝ている私の顔の前まで来るとお尻を向けて座った。

私の頭の上に、だ!

 悪戯なのか?冗談なのか?とビックリしたが、この子はナイーブな猫なのだと言い聞かせて、オデコに座る猫のお尻をそっとずらした。

『ねこじゃすり』と命名されている猫の舌によく似たグルーミングの気分を味わえる物で、そっと撫でてやりながら起き上がる。

 最早、一刻の猶予もままならない。猫用のお尻拭きシートを出して体中を拭きながら、お尻を拭いてやる。母猫が舐めるようにすると、グルグル言っている。

 愛猫から悪臭が絶たれた事を確認して、私は風呂場に直行した。そう、一刻の猶予もままならないのは、私の腕と顔と髪の毛なのだ。

 数回のシャンプーとリンスを終えて身体を洗い終えたが、臭いが残っている気もする。私は迷うことなく、昔愛犬に使用していたノルバサンシャンプーを腕と頭につけて洗った。殺菌と消臭ニーズにしっかりと応えたノルバサンの効果は凄かった。

 先に使えば良かったと思ったが、人間が犬用シャンプーに頼る日が来るとは。シャンプーまみれになった愛犬の気持ちがちょっと分かった気がした。そして、もう一度人間用のシャンプーとリンスで髪を洗い、人間用のソープで身体を洗った。

 猫様のお尻は定期的に拭いているのだが、今回は間が悪かったらしい。しかも、お尻を向けてくるのは信頼の証らしく、愛猫なりの気遣いなのだ。


 後日、ノルバサンを使った事を主人に報告したら、

「は?あれ、犬用だよ?人間用じゃないからね?」

 私の人としての尊厳どこ行った?!

 よーく知ってます。知ってますが、背に腹は代えられない状況だったと説明した。

 愛猫の私に対する反応は母猫だと思っているのか、そう言った『報告や確認』事が多い。猫の母になるのは結構難しく大変なのだと思う。

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