学び始めと人生の転換、そして教育実習3

お題の「偉大な教師とは~」に「教育実習先の校長先生の言葉」を思い出しながら答えていたら、昔の記憶が鮮明に浮かんできた。結構ヘビーな記憶もあるが、少し自分を振り返ってみようと思う。


教育実習というだけでも非日常的なのだが、その期間にドラマ的な出来事が起こるなど、誰が想像できただろうか。

私を受け持ったC組の担任と研究授業について話しながら職員室を出て、下駄箱に差し掛かった時に、3年の音楽担当の先生(中学生時代、山で助けてくれた先生)が「職員室に引き返せ!」と叫んで走ってきた。

驚く私たちに叫んだ先生が、職員室に引っ張って連れて行こうとする。

「どうしたんですか?生徒と文化祭の準備に行きますが。」と、私に代わって受け持ちの先生が質問したが、「早く」と急かされる。

私も担任も首を傾げ不思議に思ったが、職員室へと急かす先生について行こうとした。

「お久しぶり。まさか、教育実習生になっているなんて思わなかったわ。あなたに挨拶しようと思ってこっちに来たの。」

私の後ろから声が聞こえて振り返った瞬間、心臓がドクッと大きく跳ねて時が止まったような感覚に落とされた。私の顔が引きつるのを見て何かを感じ取り、受け持ちの担任は素早く私と声を発した女性の間に入ってくれた。

ああ、私を良く知る音楽の先生は、このことを知らせようとしてくれていたんだと。その当時の私は山には登れるようになったが、まだ未熟過ぎて全てを許せてはいなかった。

「先生になるの?私を目標にしてくれたのね。うれしいな。実はね、練習試合で来てて、実習の話を聞いたら会いたくなっちゃって。」

目の前で体育教師である旦那さんを紹介する彼女は、中学時代の私の担任だった人。

こんなドラマのような鉢合わせと、彼女の勘違いな台詞があるだろうか?

ただでさえ、今回の教育実習は年の離れた弟が担当外のクラスにいる奇跡的な組み合わせ。

そこに、私を山に置き去りにした彼女が体育教師と結婚して子供が出来たからと、3年生の受け持ちをあっさり途中で断念し、ベテランの副担と変わったこの元担任が、教育実習中に他校から練習試合でこの中学校に来ていて私と出くわすなど。

こんな統計学上、絶対ありえないような廻りあわせが起こるだろうか?

無いと思いたいが、実際起こってしまったのは事実だ。私は「これから文化祭準備」「生徒と会う」と心の中で唱えるように言いながら、心を落ち着けようとした。

「他校の先生が、うちの実習生に用などないでしょう。」と割って入る音楽の先生に、旦那である体育教師が何かを察知して「そうですね。」と体育館へ戻ろうと促した。

「問題を起こしてた、あなたが教員って凄いとおもうの。」

彼女の言葉を聞いてなんとなく思った。彼女は生徒を全然見ていない。自分の行動すらも。昔の私を問題児扱いしている。確かに、周りに迷惑をかけた問題児だったかもしれない。

「確かに、貴女は私の教師でした。」

私の静かな声に視線が集まった気がした。このままでは、彼女の暴走した思い込みに3年の音楽教師が怒りだしてしまう。実習中だというのに、自分の思ったことをぶつけてくる呆れた先輩教師は自分の感情で動いている。

「私を山に置き去りにして、友達すら引きはがして下山したあなたが、模範になるというのなら、反面教師としてです。」

静かに告げたつもりが、声が反響してしまう。

「私の手本とする先生は、あなたの後を引き継いで私の個性を見守ってくれた副担任と、山で下りられなくなった私を助けてくれた、この音楽の先生です。」

あなたでは断じてないのだと。私の言葉に驚いていたのは旦那さんの体育教師だった。信じられないという目で私と彼女を見ている。

「彼女を問題児扱いするなど、校長も我々も断じてありません。問題はトラウマを持った生徒を騙すように山に行かせ、感情的になって置き去りにしたことです。」

「もういいでしょう」と打ち切った音楽の先生は、私と担任を連れて職員室へ戻った。後ろから我に返った元担任のヒステリックな声と、それを諫める旦那さんの声がした。


「なんなんだ、あれは!」

怒り心頭の音楽の先生と職員室から見ていた3年の先生方。衝撃の事実を知った担任が心配そうに見てくる。

いくらなんでも、言い過ぎた・・・感情的になった私は教師に向いてないんだろうな。

そんな考えがよぎって、ぼーっと職員室内を見ていると、校長先生が私の方に歩いてくる。

「何という顔をされているのですか。」

腕を引っ張られて、引き戸近くの鏡の前に立たせられた。そこで初めて、自分が泣いていることに気がついたし、死んだ魚の目ってこういう感じなのかなと思うような顔。

「そこの流しで、顔を洗ってから準備に行きなさい。」

行くなと言われなかっただけでも有難い。これは校長の思いやりだと思った。

『喩え、親の危篤を耳にしたとしても、恋人に振られたとしても、子供たちの前では笑顔で。誠心誠意一人一人の心と向き合って欲しい』

実習の前に言い渡されていた言葉を思い出す。出入り口に掛けられた古びた鏡は、先生方が授業に行く時に覗き込んでいるものだ。ベテランも新人も関係ない。

私は流しで顔を洗った。バシャバシャと。

傷つけたかもしれないと後悔しても遅いし、過去のトラウマを酷くした張本人があそこまでの勘違いをしていたのも解せなかったが、私はもう一度出くわした時に笑顔で対応できるだろうか?と自分を振り返った。

ふと、最後に喚いていた彼女が、小さな子供のように思えた。

私は何を怖がっていたのだろう。そう思えた時には、気持ちも落ち着き視界がハッキリ見えるようになっていた。

「これ使え。」

差し出してきたのは、中学時代の副担任だった。ジッと見る私に「新しいぞ?」と言ってくるあたり、ベテランだなと思う。お礼を言って受け取り使わせてもらった。ポケットから色付きリップを出してサッと塗って鏡をのぞき込む。

「今なら行っても良いでしょう。」

キリリと目に力が戻った私を見て、校長は笑顔でGOサインを出してくれた。


あの時の校長の優しさ。

もしかしたらと今なら思う。校長は学校における全ての決定権を持っている。教育実習と交流試合の時期を同じにしたのは、偶然だったのだろうか?

おそらく、私にも元担任にも5年という冷却された期間は、トラウマを克服し、相手をどう考えるか、物事を正しく見据える期間だったのだろうと思う。

今ならハッキリ言える。あの時、あそこで元担任と会うことで、私のトラウマは消えた。やられたことへの怒りなども、相手の状態をしっかりと把握したことによって、意味の無い怒りだったと気がつけた。

これが仕組まれた事なら、S校長はどこまで先を読んでいたのだろう。

おそらく、私達二人に平等に生徒と向き合う姿勢を説いていた筈だ。それに気付けるかは本人次第。気付いても、実践できるかも本人次第。

そして、私はこの教育実習期間中に、生徒への対応力を試される出来事に遭遇した。

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