お題の「偉大な教師とは~」に「教育実習先の校長先生の言葉」を思い出しながら答えていたら、昔の記憶が鮮明に浮かんできた。結構ヘビーな記憶もあるが、少し自分を振り返ってみようと思う。
文化祭準備は夜7時近くまで残って、みんな頑張っていた。
一年生のクラスでは、プラネタリウムやお化け屋敷など面白い催しを考えていて、とても楽しそうに準備をしている。他の学年と催しが被っていても、面白いことに発想が違うので、見せ方が違うので、面白さが倍増する感じだった。
学年が上なほど技巧が凄くなるし、1年生は柔軟にどうやったら出来るかを考える。この違いは大人でも勉強になるほどだ。
担当のC組はプラネタリウムを作るらしく、ドーム状の張りぼてを作って蛍光塗料で星を光らせようというものだった。蛍光塗料の使用を考えるとは、今までにない発想に担任も私も驚いていたが、段ボールのドームを作って立たせるのは至難の業のようだ。
家庭科室とC組を行ったり来たりしながら、段ボールの外と中に新聞紙を貼り付けていたのだが、終わってしまったため、大量のノリが鍋の中に残っている。
「先生、これ僕が洗っていい?」
「ありがとう、ここの流しを使ってね。洗剤はこれだよ。それと、このビニール袋に最初にノリを取ってから洗おうか。分からない時は床掃除しているから呼んでね。」
「うん、先生大丈夫だよ!」
ビニールを手渡し、なるべく全てのノリをビニールに入れてから洗うと洗いやすいと、要点を伝えて新聞紙を黒く染めた時の汚れを落とすべく、数人の生徒と床掃除に取り掛かる。
この時、生徒を遅くならない様に帰宅させるため、私はかなり焦っていたのかもしれない。担任も家庭科室とクラスを往復していて大変そうだ。
ようやく、墨汁の汚れを落とし終わり、鍋のノリがどうなったのかを思い出した私は、彼を探した。満面の笑みを浮かべた彼が走り寄ってくる。
「先生、初めて洗ったけど、落とせたよ!」
ピカーン!というような効果音を発したくなる鍋の姿に、私は驚いた。
「凄いね!あのノリが良くここまで、しっかり落ちてる!よく頑張ったね、偉い!」
純粋に褒めていたが、彼の隣に立った女子生徒が空になった洗剤ボトルを持ってきた。
「彼、全部使っちゃったんだよ。先生。」
全部?あの満タンに入っていた洗剤全部?!
声に出さなかったものの、驚きの表情は見られてしまった。洗ってくれた子の表情が曇ってしまった。
これは私への『試し』なのかもしれない。対応次第で、綺麗に洗ってくれた子や、報告をした子の心を傷つけてしまうし、クラスメイト同士が気まずくなってもいけない。
「初めてっていってたよね?だったら尚更、上出来だよ。よく根気よく洗ったね。」
「初めて洗ったから、洗い方が分からなかったんだ。聞けばよかったかも。」
「先生、甘いよ!」
男の子は納得したようだったが、この子は何でこんなに突っかかっているんだろうか?
「実はね、この洗剤の使い方や汚れはなんで落ちるのかを、今度の先生の授業であなたたちに教えようと思っていた題材だったの。」
驚く彼ら。更に続けて説明した。
「だから、先にどうやって汚れが落ちるのか説明しちゃうと種明かしになっちゃうから、先生、良く説明しないで彼にやってもらったの。
誰でも初めてやることはご両親から習うけど、ここは学校だから、先生が初めてかどうか聞いてから教えなきゃいけなかったの。」
そこまで説明してから男子生徒に向いて、
「先生が、君が初めて洗うって、気づかなくてごめんなさい。」と謝った。
今度は女子生徒に向いて、
「貴女も気を揉ませてしまって、ごめんなさい。彼は初めて洗うのだから、先生が洗剤の使い方や量を教えるべきだったの。今度、初めて洗う子がいたら教えてあげてくれるかな?」と言って、「二人とも、先生が気づかなくてごめんなさい。」と謝った。
二人は頷いてくれた。そして、女子生徒が男子生徒に「手伝わなくて・・・意地の悪いことして、ごめんなさい。」と謝った。
ん?意地の悪いこと?
微妙に先生として聞き捨てならない言葉を聞いた気がしたが、これには口を挟まない方が良い気がした。多分、虐めとかではなく、甘酸っぱいあれだ。
そっとその場を離れた私に、担任が準備室から見ていたのか笑顔で頷いている。
これは、OKだと言っているのだろうか?
そそくさと準備室に入ると、担任に抱きつかれた。バシバシ背中を叩くように喜んでいる。
「凄い凄い!あの子いつ素直になるかずっと見てたけど、良い感じの方向にもっていったね!」
ずっとここから、私たちを見守っていたのだろうか。
先生という職業は、とても懐を深くしつつ、視界に入る全てを注意して挑まないと、周囲の変化に気がつけないのだなと思った。そして、私もそうありたいと、自分の全ての感覚を研ぎ澄ませて挑みたいと思った。
数日後に、研究授業が控えているのだから、今できる最善を尽くすのが一番だと。