無作為な親切というと、手芸作品やグラスリッツェンが趣味で作っていた時、作品がどんどん増えていくので友達にあげたりした事や、子供用のドレスや洋服を作っていたら、母の友達や親戚の子が欲しがってあげたりもした。
造形自体が好きなので、作った後は無作為に欲しがる方々に使ってもらう感じでした。
ただ、人生で思い出深い事が、2つある。

小学生の頃、幼馴染とバス通りを歩いていた私たちの横を、物凄いスピードで通り過ぎていくお兄さんがいた。
その時、何か黒いものが落ちた。
「お兄さん、何か落ちたよ!」
「行っちゃったね。何だろう?」
子供の頃から大声だった私は、大きな声で知らせたが聞こえなかったようだ。興味津々で車道に降りて拾ってきた幼馴染の手には、黒い財布が握られていた。
「「お巡りさんに届けよう。」」
直ぐそばに派出所がある。この道を急いで行ったなら、この交番にお兄さんは来るかもしれないと思って、幼馴染と届けに行った。
後日、お兄さんからお礼が届いた。その時のお巡りさんの説明で、倒れた母親が運ばれた病院に急いで向かっている時にお財布を落とし、身分証明書になるもの一式とお金が入っていたため、大変助かったとのことだった。
何も考えずにただ届けただけの行為に対しての予期せぬお礼に、とても気恥ずかしい気持ちだったが、金平糖がいっぱい詰まった小箱がとても可愛くて、幼馴染と喜んだのを覚えている。
短大生の頃、倫理学の時間で『妊娠中絶』についての内容を勉強していた時のこと。友達の一人が真っ青になっていた。教授も気に掛けながら内容を進めていたのだが。
ガターーーン!
大きな音を立てて彼女は気絶した。
真横に居た私は、咄嗟に彼女の身体を支えて、頭を打ち付けない様に庇った。周囲がドン引きしているのも分かる。
白目をむいて、四肢が棒のように突っ張り痙攣して泡を吹いているのだから。
人間、予期せぬ事に巻き込まれると、その場に動けなくなる者や慌てて机を引いてしまうものがいるが、突っ張った体の人間を一人で支えるのは難しい。
「誰か一緒に支えて!」
体格の大きい友達が一緒に支えてくれたが、長机と長椅子に囲まれた教室では、何処かに寝かすスペースも無い。
「脈と息はあるね?」
教授は毎年倒れる生徒を相手にしているので冷静だ。
空いている手で頸動脈に指をあてて血流は流れている事を確認した。友達が鼻にティッシュを近づけて揺れているのを確認している。
「下手に動かす方が危ないね。5分ほど支えていられるかしら?誰か保険医を呼んできてくれる?」
教授は自分の時計を見て正確な脈を測ろうとしている。その間も、痙攣でビクン!ビクン!と魚のように体が跳ねるので、支えている私たちは必死に体が何処にも当たらない様に支えた。
保険医が来る頃には、徐々に体のツッパリが抜けて意識が戻ってきたようだった。ゆっくり体をさすっていると、意識を戻した彼女が驚いている。
「大丈夫?」
聞いた私に何があったのか聞いてくるので、私は答えに詰まった。今の状況を伝えて良いか分からなかったからだ。
「もー大変だったんだよ!いきなりバターン!ってさ」
「ストップ!保険医が来てくれたから、一応保健室に行こうか。」
私と一緒に支えてくれていた子が事のあらましを喋ろうとしたが、教授は遮るように言って彼女を保険医に預けた。その時に『病院』『親御さん』などの言葉が聞こえた。
そして、今の起きた出来事の説明を、彼女が病院で検査するまでは口外しないことを約束することとなった。
後日、大学病院での検査で、彼女が『てんかん持ち』であることが分かったようだ。話の内容への拒絶反応で血の気が失せていたのと心因性のストレスが加わり、失神するところをてんかんを引き起こして倒れたようだ。
教授が途中で会話を遮ったのも、病院の診察でハッキリしてからでないと、不安を煽ることになるからだった。
彼女や親御さんから感謝されたが、咄嗟に動けた反射神経に感謝だ。動こうと思って動いたわけでもないのだが、この経験はずっと私の心に残っている。
