今のこの現代を経験している我々には、とても不便で生活し難い環境になると思います。今も昔も知っている過渡期を生きてきた人にとっては、懐かしくも感慨深い環境になるかと。
そもそも、コンピュータのない生活を仮定して見ればわかりやすい。
ノートパソコンやパソコン、テレビ、家電全般と考えると、冷蔵庫やエアコンも入るかも知れない。入らない部類まで性能を落とす事を考えると、コンピューター制御はもちろん無い状態の段階だ。
スマホは無論、黒電話になるか、もっと前の人を介しての電話交換機時代まで戻るのか。もしくは、電話交換手にまで遡るのか。メールの代わりに手紙が復旧する。
人とのコミュニケーションは、スマホやパソコンなどではなく、会って話す事が主流になる。
パスモやスイカのカードは廃止になって、『改札口の切符切り駅員』が増員される。電車の運行ダイアも手書きになるので、今より本数が減るかもしれない。
テレビもラジオも映画館も、娯楽が消える。舞台をメインに演劇、芸人、サーカス、ダンスホールなど、中世と現代を合わせたような娯楽舞台が点在してくるきもする。
スポーツも見るより参加して楽しんだりするのかもしれない。
工場では機械に代わって、人が働き手となるため、職人も増えるかもしれない。
雇用が増える分、デメリットはコンピュータ制御で機械化されていた部分を人間がするなら、間違いや動作の速さが違うので、生産性は落ちる。
掃除機も、ほうきや濡れ拭きに変わる。
コンピュータ制御が何処まで生活の基盤に入り組んでいるか分からないが、変電所さえコンピュータ制御されているなら、真夏のエアコンは望めない。
渇水対策として、停電方式でのダムの貯水率確保が行われるなら、命の危険にさらされる方も出てくるかもしれない。
今の現代人の弱さを考えれば、水や電気を有限の物質だと分かって運用できるかは定かではない。家電の進化はエコに対しての進化といっても過言ではない。ゆえに、電気を消費しすぎるエアコンの乱用で、夏場の水不足や電気不足に陥りやすくなる。
ここまで書いて「無理じゃない?」と思う方、災害時に備えてみてください。大災害に見舞われた都市の機能不全が、コンピュータのない世界に近しいと思います。
備えていても、扱えるか?何もない状態で、ストレスを溜めずにサバイバル的な生活を送れるか。とても大切な脳内シュミレーションだと思いました。
自分なりの答えは、生活できなくもないけれど「夏場をどう過ごすかによって、状況は変わる」でした。
