何十年も前の話「着付け教室のモデルやってくれない?」母が友達から頼まれて放った一言。
服飾系の学校だった私は、周りにモデル志望の子が多かったので『モデル』という単語にピクリと反応した。あまり目立ちたくないので「どんな内容?規模は?」と母に尋ねた。
「芸者さんの着付けがメインイベントなのに、着付け役の人とモデル志望の人の身長が合わないみたい。規模はホテルの会場を借りるって。」

なるほど。服飾系の授業の一環で、作ったものを文化祭でモデル役に着てもらうのだが、着物の着付け役も同じことを言っていた。背の高い人間に気つけるのは大変だと。そのことを思い出した私は、やりたがっていたモデルの子に申し訳なく思いつつも承諾した。
着付け教室が生徒さんの腕を披露する場で、モデルより「芸者の着付け」がメインなので通常のモデルとは違う。着付け役を引き立てる側になるから、快諾したのだ。(写真はAdobeサンプルから引用)
ちなみに、前回の大きなイベントでは『十二単』『束帯』を着付けたそうだ。曲者なのは、『十二単』で、たった二本の腰ひもで交互に固定&紐を抜いてを繰り返して着付けていく。襟の合わせ目が真っすぐになるように着付けるには、着付けられる側と着付ける側の呼吸も合わせる必要があるという。そのため、着付けの練習がイベントの数か月前から始まるそうだ。
今回は『体形に合わせて補正しながらの着付け』という副題があるので、カツラを合わせた後はぶっつけ本番ということだった。
イベント当日、母の友達(着付けの先生)に振袖に着替えさせてもらってしばらくすると、母が隣の部屋から出てきた。緑の素敵な着物を着てニコニコ顔だ。ちゃっかり、友達の着物を借りて自分も着付けてもらい、かなりご満悦のようだった。
「着物の柄や格などを説明するから、振袖の女の子達で一回壇上に立ってもらう手筈なの。」
ノーメイクの私は焦った。すると、ホテルの控室で化粧と髪をセットしてもらえるというではないか。至れり尽くせりで申し訳ないと思いつつも、次の言葉で固まった。
「着物の説明終わったら、貴女だけメイク落として、ドーラン塗ってカツラをかぶるから。」
ホテルの会食を食べる暇が無いから、終わったらゆっくり食べて欲しいと言われた。ご飯が後回しになるのが悲しいわけではない。
ドーランって何?!
「モデルのお礼奮発するからね?」
「いや、この子、たぶんドーランが分からないじゃない?」
お礼が貰えるなんて思ってもみなかったが、母の友達はホテルの会食の事でしかめっ面になったと思ったようだ。しっかり母がフォローしてくれたが。
「おばさん、ドーランって何?」
「白い塗り壁のような、肌触りの良い化粧よ。ほら、歌舞伎とかの。」
塗り壁をヌリカベと脳内変換していた私は、歌舞伎と聞いて頷いた。
ん?化粧、分厚くない?
芸者さんの化粧が歌舞伎と同じドーランだったことに、だからあんなに白いのかと納得しつつホテル会場へと向かった。
会場に着くと、生徒さんが出迎えてくれた。すぐさま、二人の生徒さんが私のところへやって来たので、今日の大役を担う二人なのだと理解した。そして、二人の背の高さが私より少し低いくらいだったので、なるほどと納得してしまう。
午前中に、振袖を着た女の子たちを壇上に並べ、柄や地模様の入り方、手刺繍や総絞りなどの説明をし、帯の種類や柄などの合わせかたを見せながら、同じぐらいの格のものを選びつつ、季節感や他の小物などを合わせる解説があったので、和裁を習った私にとっては、物凄い授業を受けた気がして嬉しかった。
そして、お昼を歓談しながら食べてもらっている内に、完全にメイクを落として髪を整えると私の支度が始まった。振袖を脱いで浴衣を着て軽く腰紐で止めると、髪をコンパクトにまとめてゴムキャップのようなものを被った。スッキリした頭にテープのような物を巻き付けて固定すると、手ぬぐいを襟元に覆うように被せてから大きく襟をあけて、ドーランが目の前に置かれた。
し、白い!
ホイップしたクリームのように見えるドーランを顔に塗っていく。刷毛のようなもので丁寧に薄く延ばして馴染ませながら整えていく。傍で、大きなリアクションはダメよと、教室の知らない先生がアドバイスしてくる。どういうことかと首を傾げたら、化粧をしている方がボソッと囁いた。
「大口開けると、ヒビはいるんで。」
それはもう、特殊メイクの領域じゃないですか?
マジかと口元が引きつるのを我慢していると、おばさんが大笑いしながら「冗談よ」と言ってくる。そういえば、歌舞伎役者だって顔を自在に動かして表現しているじゃないか!と、抗議の目で訴えると「芸者も舞妓も、大口あけませんので。」としれっと言うではないか。
そんなやり取りをしながら、首筋に何かあてがいつつドーランが塗られる。カツラをつけて具合をみたあと、浴衣を脱いで襦袢に袖を通した。これで、準備完了らしい。

いよいよ『芸者さんの着付け』が始まった。手まで白くドーランを塗られているので、黒地の着物に触るのが怖かったが杞憂だった。
襟元や合わせの部分の、しっかりと綺麗に見せなくてはならないポイントをこなすのは、着付けられている側の私でも凄い勉強になった。
会場内に解説が入り、次の『補正』に入ることを告げる。
(写真の着付け役のお顔は隠させてもらいました。)

腹が出てるな・・・
今思った方、違います。
これは帯を巻いた後で、捩れたりしないように綺麗に帯を見せるための補正パットを付けて、赤の幅広の布を巻き付けてた時の写真。これから帯を締めるのですよ。
一見優雅に見えますが、足を踏ん張って二人が着付けに専念できるよう、揺れないように仁王立ち。

ウチの母との記念撮影。芸能の方とも写真を撮ったのですが、肖像権があるので割愛。
母は特殊メイクじゃないので、顔隠し。
この後、全てのメイクを落としてホテルの昼食を頂き、いつもと違う世界を覗いた私なのでした。
【追記】6月3日
日本の着物の歴史は長い。
弥生時代の貫頭衣から始まり、飛鳥・奈良時代に労働階級で小袖が使われ『右前の衿あわせ』が確立して、平安時代に貴族階級に大袖というものを重ね着した『十二単』がでてきました。鎌倉・室町時代に袂の付いた袖が小袖について『着物』と呼ばれるようになりました。江戸時代になると、身分によって着用できる色や素材が定められるようになりました。
紬は、江戸時代では平民が来ていましたが、今では素晴らしい織りと色などが評価され、紬はとても価値のあるものになっています。
こういった時代背景があるので、当然、芸者、舞妓、半玉にも仕立て方や着方、いろいろな違いがあります。
| 関西芸者 | 関東芸者 | 舞妓 | 半玉(見習い) | |
| 着物の色 | 黒、シックな色 | 黒、シックな色 | 柄の入った 色鮮やかなもの | 柄の入った 色鮮やかなもの |
| 着物の特色 | 裾の裏地は白 | 裾の裏地は共裾 | 振袖 | 振袖 裾はおはしょり |
| 帯結び | つの出し結び 京都は重箱結び | 柳結び | だらりの帯 | おしゃく結び |
| 履物 | 下駄 草履 | 下駄 草履 | おこぼ下駄 ぽっくり下駄 | おこぼ下駄 ぽっくり下駄 |

素晴らしい。 私はいつも着物について疑問に思っていました。 他の好奇心旺盛な人のためにリブログしました。 共有してくれてありがとう
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Catherine AlHouthiさん、ありがとうございます。
コメントとリブログありがとうございます。
日本の民族衣装の着物。興味を持って頂けて嬉しいです。
着物の歴史はとても長く、時代と共に形も着こなしも変化していきました。
芸者さんは黒などのシックな色の着物、舞妓さんは綺麗な華やかな色の着物、着る着物の種類や帯の結びも違います。
芸者さんの帯の結びや着物の仕立ては、関西の芸者さんか、関東の芸者さんなのかでも、違うのです。
関西(大阪方面)は、
裾の裏地は、白
帯結びは、つの出し結び
関東(東京方面)は
裾の裏地は、共裾(着物と同じ生地)
帯結びは、柳結び
ちなみに関西でも京都の芸妓さんは
帯結びは、重箱結び
だそうです。
詳しくは、後で本文の方に付け足しておきますね。
見て下さって、ありがとうございました!
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ご注目と装飾をありがとうございます 🙇♀️
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